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| (写真上:コカムバターとコカムの木) ◆アーユルヴェーダ ◆おもしろインド ◆マクロビオティック ◆セイタン ◆更新情報 ◆リンク集 |
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インドにはたいへん多くの寓話が存在します。 そして、ブッダをはじめ多くの師(グル)たちは、それぞれの教えにそってそれらの寓話やたとえ話に変化をつけながら、弟子たちに語ってきました。 それぞれユニークなポイントをついた、興味深いものですが、ラマナ・マハリシが話したこの寓話は、格調高く、しかもその本質をみごとについています。 その寓話はこのようなものです。 10人の男たちが一緒に巡礼の旅に出かけました。 あるとき、大きな川があったので、そこを徒歩で渡ることになりました。 「みんな、声をかけあって、手をつないで、気をつけて、わたろう」 向こう岸にたどりつくと、一人が言いました。 「全員が無事たどりついたかどうか、点呼して確かめよう」 「いち!」、「に!」、「さん!」、・・・・「はち!」、「きゅー!」。 何回やっても、「じゅう!」という声を聞くことができません。 「友だちのひとりがいなくなっちゃった!」 男たちは大声で泣き始めました。 それを見ていた旅人が、彼らに近づいて言いました。 「私が確かめてあげよう。全員一列に並びなさい。私がひとりひとりの頬を叩くから,叩かれた人は数字を数えるのだよ」 こうして、旅人は男たちの頬を順番に叩いていきました。 「いち!」、「に!」・・・・・「はち!」、「きゅー!」、「じゅー!」 「10人、いる!」 男たちはおおよろこびで、旅人の礼を言って、そして尋ねました。 「どうして私が数えたときには9人しかいなかったのに、あなたがやったら10人になったのでしょうか?」 旅人が言いました。 「あなたは自分自身を数えなかったのです」 馬鹿だなあ・・・とは一概に笑えないのです。 なぜなら、これは例外なく、だれもがやっていることだからです。 この寓話は、実にさりげなく、本質をズバリと指し示しています。 ラマナ・マハリシはこの寓話を語って、「私は誰か?」と尋ねるあなた自身を数え忘れてはいけない、と言っているのです。 |
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